YukaのTake it easy ブログ

相棒への追悼文

私が、渋谷昶子監督と初めて出会ったのは、今から5年ほど前でしょうか。大病をされて、まさに死の淵から生還された女性監督たちの会食の席でした。渋谷さんは、頭にスカーフを巻き、西洋的なおしゃれの中に和の粋を感じさせる方で、いっぺんで魅了されてしまいました。お話しすると、とても大胆で男らしいのに、艶っぽいという感じで、この二律背反するものが、とても魅力的な人でした。ふと日本人らしくない、と思ったものです。

後日、親しくさせて頂いてからは、大連生まれで、敗戦の時に命からがらで内地に引き上げられた時のお話しなどを聞き、渋谷さんのスケールの大きさは、やはり日本生まれではないからなのかな、と合点した次第です。それにしても、さすが映画監督ですよね。その危機的状況をまるで物語のようにお話しされるので、私の中には、未だに強烈な映像として残っています。

今の言葉で言えば、Coolを体現されたような方だったと思います。監督になると決心された時に、それまでスクリプターとして使用していた時計を床に投げつけ壊したこと。時計は、お義父様からのプレゼントだったので、なおさら決意を強く持ってされたこと。監督デビュー作品「挑戦」の製作裏話も仰天することばかりでした。35ミリで撮られたこの作品の体育館での場面は、照明のスタッフさんが、一斉に退場するという大ピンチに陥ります。しかし、渋谷さんは、動ぜず、動かず。じっとスタッフが戻るのを待ったと言う豪胆さです。説得は、スタッフの一人に任せ、自分は、監督としての威厳を保ち続けたのです。これぞ、肝が座っているということですよね。「挑戦」は、見事カンヌ国際映画祭短編映画部門のグランプリを受賞し、私たち女性監督の先鞭の道をつけてくださいました。

私は、現在「毎日がアルツハイマーザ・ファイナル」を準備しているところです。アルツハイマー型認知症の実母が被写体であることは変わりませんが、テーマは、普遍的な「老いる」ということです。人は、誰でも死ぬまで生きる。これは、自明の理ですが、日常生活の中では誰でも「死ぬ」ということを頭の隅に追いやって、生きているのが現実だろうと思います。ここでも渋谷さんは、先駆者でした。自ら断捨離をされ、アパートを引き払い、八王子にある養護老人ホームに入所される道を選ばれたのです。それも居住されていた港区の職員の人と一緒に見学に行き、仕事がある時には、そこから出かけるという交渉をご自分でされたのです!最後の最後まで、自分のことは自分で決める。あっぱれとしか言いようがありません。

「昶子という名前はね、両親が、春の日が永く続くようにと願ってつけてくれたのよ。のんちゃん、と呼んでね。」渋谷昶子監督の人生は、最期まで監督としての春日が続くことを全うされた人生だったと思います。今は、きっとあの世でご両親や、諸先輩の監督たちとお酒を酌み交わしながら、豪快に笑っていらっしゃることでしょう。

相棒

敬愛と親しみを込めて、のんちゃんに感謝を捧げたいと思います。ありがとうございました。私も<「毎アル」友の会>を通して、さらなる精進を続けたいと思っていますので、見守っていてください。

心よりご冥福をお祈りします。

関口祐加


寂しいと思っていると思いきや・・・

1月24日に無事に機上の人となった息子・・・母と息子でべったりと過ごした1か月だったので、息子ロス状態が2日ほど続きました。。。^^;;

が!

息子は、昨日の27日まで高校は夏休みだったので、友だちと映画に行き、夕食は日本の焼き肉屋さん!!!こんな写真を送ってきた〜
和牛、美味しかったぜ、だって。

すみのや

すみのや2

今回は、生まれて初めてバイトをしてお金を自分で稼いだので、ま、いいんじゃないの。自立の第一歩ですよね〜❤

今日から高校2年生です。


息子ロス。。。

息子は、予定通り、1月24日の晩の飛行機でシドニーに戻りました。このところ、成田空港まで見送らず、YCATでバイバイ〜 YCATまで乗せて行ってくれた妹夫婦とお茶をして、夕飯の買い物をして帰ってくると・・・

息子の痕跡1 息子の痕跡2

息子の痕跡がいたるところに・・・実は、私の枕の上にまで!(さすがにアップしない・・・)

ちょっぴり息子ロス状況。。。^^; でも今度は、6月に会えるね。❤

「ヘルプマン!!」シリーズの漫画家くさか里樹さんには「遠距離恋愛だからね〜」ってからかわれたけれど、確かに。。。最近の息子の成長は目覚ましく、子どもというより同志という感じになっているからなあ。

 


息子弁当!

昨年の12月19日に帰国した息子は、5週間日本に滞在中、知り合いの珈琲屋さんで初バイトを体験!昨年の12/22~30までと年明けは、1/4からシドニーに戻る前日の1/23まで。関東に雪が降った1/18がお休みになった以外は、皆勤賞でした。^^

親バカですが、よく頑張ったと思います。初めて社会で働き、他人様から仕事を教えて頂きお金を稼ぐ。こういう人生の体験<値>を自分の中でよ〜く発酵して欲しいなあ!

見習い中

自宅に帰れば、要介護4の認知症の祖母がいるので、毎日何かしらのエピソードがあります。しかし、そんなことには動ぜず、毎晩シェフ役として、手料理を作る。母親である私は、随分と楽チンでした!

シェフ先人

そんな私は、6年ぶりぐらい(?)に息子弁当を作って持たせましたよ。経費節約と同時に愛情表現❤❤ですよね!シドニーに戻り、高校2年生になります。モチベーションを持って、後2年間の高校生活を楽しんで欲しいです。

息子弁当

息子弁当2


りんごの唄

りんごが、美味しい季節ですよね。我が家でも夕食後のデザートは、りんごになることが多いんですが、このところ決まって母が「りんごの唄」を歌い出し、全員で追っかけて一緒に歌います〜💗

りんごの唄

「赤いりんごに唇よせて〜♪」昨晩は、20回ほど歌いました!1人だけ、おバカなことをしていますが・・・^^;

16才の2人組もこの敗戦直後に大流行した歌を空で歌えるようになっちゃいましたよ!